私が今思うこと

 

第2砲が出た。

 

正直、何かしらの追撃はあるものと覚悟していた。

前回の記事で「現時点では」と書いていたのはそのためだ。刑事罰の要件を書き記していたのもそのためだ。刑事罰が成立しない前提のどこかが崩れる可能性、別の法律に抵触している可能性、色々な事態を想定して過ごしてきた。予め心に耐震工事を施して構えておくことで、どんな衝撃が来ようとそれを上手に逃して心が壊れないように準備してきたつもりだった。

 

madokamusubi.hatenablog.com

 

 

第2砲はそんな自分にとって「想定外」の衝撃だった。

(公開された動画も記事も見ていません。自分の目で確認していないものに基づいてあれこれ考えるのは私のポリシーに反するのですが、今はあちらにアクセス数や売上を稼がせるのがどうしても癪に触ってできないのです。断片的に人から聞いた内容に基づくことになります。事実が歪んでいるかもしれません。それでブログを書くのは間違っているかもしれません。けれど、自分の心と折り合いをつけるためにこんなことやっています。見なければいいのに、なんですけど、もはやそんな段階で留まってはくれないので。)

 

未成年が酒席に混じっていた件については前回の記事の通りだ。擁護はしない。その点に関して私が思うことは3人同等であるし今は割愛する。(重ねてこられることのダメージがキツイことは学んだ。暴露された悪質性は似たようなものだが、今後も彼らを見続けられるよう願って頑張っていた心を折るには十分だ。こちらを嘲笑うかのような畳み掛けが憎い。心と体の休息は本当に大事。)

 

「想定外」なのは動画で撮られたとされる替え歌の件だ。見て確かめていないのに言及していくのが本当にもどかしいのだけれど、事実だとしたらシンプルに「ダサい」と思った。 腹ん中で何を思おうがどんな対抗心を燃やそうが、それをおふざけ半分で発露するのではなく、毎日書いているという自分の日記の中で留めるとかパフォーマンスに昇華させるとか、そういう方がかっこいいのになーと思う。私は件の歌に出てくるグループのライブをかっこいいと思うし、あの良さを、人気の理由を、わかっていないのかと思うと悲しくなった。自分の売りやそれへのプライドを持つのは結構だが、視野を広げず様々なものの良さに気づけないようではそこまでだ。悲しい。

 

そして、家族や友人のことを考えた。私は彼らのファンであることを周囲にほとんど明かしていない。家族くらいだ。その家族が件のグループのファンなのだ。先週そっと私を気遣うような言葉をかけてくれた家族が知ったらどう思うか。自分の好きなものを揶揄されたこと、これから彼を見かけるたびに思い出さずにいられないだろう。年末に帰省して一緒にカウントダウンコンサートの中継を楽しむ自分が想像できなくなった。あの家族団らんの時間も私は好きだったんだけどなぁ。

掛け持ちしている友人が今何を思うのかも気がかりだ。

 

第2砲は、ファンとしての私のそういう心を揺さぶってきた。普通に周囲の人と関わりながら日常生活を送る私に直下型で襲ってきた。

 

 

結局私は、自分が楽しく応援していけるかが最も大事なのだ。当たり前なんだけども。

身勝手なもので、法律や社会道徳に反しないというのももちろん大切な基準ではあるけれど、「私の価値判断」にはもっと重要な基準が存在していることを思い知らされた。

ライブに来るお客さんのこんなところまで気を配って楽しませてくれる、歌もダンスもパフォーマンスがどんどん磨かれていてかっこいい、ライブが楽しすぎて思わず家族に語ってしまう、「ライブ円盤出たんだけどちょっと一緒に観てよー!」なんてオタク全開のダイマをする。そういうの全部込みでファンでいるのが楽しいのだ。楽しいからファンをやっているのだ。彼らを好きだと、ファンでいるのが楽しいと思う限り、私は応援するのをやめないだろう。 

推しが「品行方正で人の道に外れない人間である」ことは安定して応援し続けるための必要条件みたいなものだが、「応援していて楽しい」ことはそれに匹敵する・いや私にはそれ以上に重要な十分条件なのかもしれない。必要十分が揃うのがベストだけれど、十分条件さえ満たしていたら私は大丈夫かもしれない。私の価値判断なんて所詮そんなもんなんだなーと思う。揶揄されても仕方ない。好きなんだよ。好きになっちゃったんだよ。

 

 

現在の大きな揺れが去った後、どんな思いが残るだろうか。

今年のライブ、本当に楽しかったんだよなぁ。昨年も楽しかったのだが、それ以上にただただ楽しかった。

「歌を頑張る」と言っていた謹慎中の彼。歌への苦手意識から過呼吸を起こすほどのトラウマを抱えながら、宣言通りボイストレーニングに励んできたのだろう。昨年の歌とは確実に違っていた。腹の底に響くような低音のハモリに鳥肌が立つ瞬間があった。まだ途上ではあるけれど、高音を外さずに歌うことができていた。「その音程が出せる」ことの意味は大きい。これからどんどん成功率を上げていけるだろう。そんなワクワクする予感に満ちたパフォーマンスだった。

「トレーニングを増やした」「演出で楽しませるのも大事だけれどアイドルだから自分の身体を張ってこそ」だと話していた自担。オープニングで上下逆さまの宙吊りにされて歌う姿に度肝を抜かれた。彼もまた本来的に歌が得意とは言えないだろうが、声量を上げ音域を広げ音程の安定性を増してきた。身体のバランスを大きく崩させる激しいダンスから続けざまにソロパートを外さず歌えるようになるまで、どれほど必死に体幹を鍛え体力をつけてきたのだろうか。彼のファルセットの高音ハモが私は好きだ。

歌が己の武器で、歌があったからデビューができたと自認する今回俎上にあげられた彼。そのプライドの高さもうなずけるパフォーマンスだったのは間違いない。ソロのバラード曲では息を詰めて聴き入ってしまう低く抑えた優しいパートから突然高音に切り替えて切なく心を貫くパートまで、変幻自在の歌声だった。「踊り狂う」と表するのが的確な激しいダンスナンバーの中で、会場を揺るがすほどのデスボイスを轟かせた時は心底驚嘆した。誰かの音程やテンポがずれた時に即座に反応して修正するというのは、自分のパートを外さずに歌う以上の難しさがあると思うが、ダンスやファンサをしながらサラリとこなす姿にいつも舌を巻く。

今回の件でグループのメンバーとして巻き込まれた形となった彼は、今のところ変わらぬ姿を見せてくれている。私は本当に彼に救われているなぁと思う。彼が手がけるライブ衣装からは、お客さんを常に楽しませようという意思と、メンバーを一番かっこよく見せられるのは自分だという深い深い愛情が感じられる。一人一人の衣装に施されたディテールがその人の良さを引き立てていて、しかも4人揃うと「これぞ彼らだ」という強烈な輝きを放つ。オーラスで聴いたカップリング曲での優しい優しい歌声は今も胸に響いているし、「己が思うアイドル」であり続ける彼の魂が剥き出しになったソロ曲の歌声は「アイドルを応援する自分」に向けて何度も何度も問いかけてくる。

 

もう一度あんなふうに楽しめるだろうか。今年のライブで感じたワクワクをそのまま、いやもっと感じさせてくれる瞬間がこの先あるだろうか。

悲しいことも辛いこともしんどいことも怒りもあるが、諦められない自分がいる。彼らを好きな自分がいる。

 

内外がひどく吹き荒れ全く先が見えない今現在、私の心の真ん中に「好き」の気持ちがぽつんとある。